大津地方裁判所 昭和28年(行)1号 判決 1955年4月12日
原告 宇野秀治
被告 野洲町長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人等は「被告が訴外梅景繊維工業株式会社の野洲町に対する別紙滞納税金一覧表記載の滞納税金徴収のため昭和二十七年十二月二十二日滋賀県野洲郡草津町所在、草津倉庫に於て別紙目録記載の物件に対しなした差押処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として被告野洲町長は前記滞納税金徴収のため右日時場所に於て、同町徴税吏員市木彌惣治をして右物件に対し差押をなさしめた。然し乍ら該物件は元前記訴外会社の所有であつたところ、昭和二十七年十月二十八日原告に於てこれを他の物件と共に訴外会社より金三十万円で買受け、その所有権を取得し、訴外会社は爾後これを原告のために占有することを約して同会社の工場内に保管していたものである。従つて該物件は訴外会社の税金債務のために被告によつて差押えをうくべきいわれはなく、右差押処分は違法であるから、これが取消を求めるため本訴に及んだと陳述し、被告の本案前の答弁に対し被告主張の訴願或いは異議の申立は税金滞納者たる前記訴外会社より裁判所に出訴する場合の要件であつて、原告の如き差押物件の所有者たる第三者がその事由に基いて差押処分の取消訴訟を提起する場合にはかゝる手続を要しないものであると述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は本案前の答弁として「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本件滞納税金のうち別紙一覧表(1)乃至(4)記載の税金に基く滞納処分に不服ある者は滋賀県知事に訴願をなしまた同じく(5)乃至(9)の税金に基く滞納処分については野洲町長に異議の申立をなしそれぞれその裁決又は決定を経た上でなければ裁判所に出訴することが出来ないのに、本訴は右訴願並びに異議の申立を欠いているから不適法として却下されるべきものであると述べ、本案につき主文同旨の判決を求め、答弁として被告が原告主張の差押処分をしたことは認めるが、原告がその以前に右差押物件を訴外会社より買受けその所有権を取得したとの事実は否認する。かりにその主張の如き譲渡契約があつたとしても右契約は物件の所有者である訴外会社を代表する権限のない者との間になされたものであるからその効力を生じない。なお右物件は当時草津税務署によつて国税滞納処分により差押えられていたから原告は有効にその引渡を受けていないと述べた。
(立証省略)
理由
(一) 被告訴訟代理人は本訴は異議訴願を欠く不適法な訴であつて却下せらるべきであると抗弁するので先づこの点について判断する。昭和二十四年当時施行せられていた旧地方税法(昭和二三、七、七法律第一一〇号)第二十二条及び第二十四条第一、二項の規定によれば、市町村税の滞納処分としての差押に対して不服ある者は道府県知事に訴願をなし得ることが定められて居り、また昭和二十五年七月三十一日公布即日施行せられた改正地方税法(昭和二五年法律第二二六号)第三百三十一条第一、二項及び同法第三百七十三条第一、二項によれば、市町村民税又は固定資産税に係る滞納処分に不服ある者は、市町村長に異議の申立をすることが出来ることになつているので、これ等の処分を不服としてその取消を求める訴を提起するには、予め右の訴願又は異議の手続を経ることを要するものといわねばならない。原告は、前記法条は納税義務者より不服を申立てる場合の規定であつて、本件の如き第三者の異議については適用がないものであると主張するが法文上納税義務者とその他の第三者とを区別した趣旨には解し難いので、納税義務者より不服を訴求する場合は勿論、第三者が当該滞納処分を違法としてその取消の訴を提起する場合にも、やはり右各法条に定める訴願、異議の手続を経ることを要するものと解するのが相当である。然し乍ら、成立に争いのない乙第三号証及び証人藤下広吉の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は被告の本件滞納処分による差押直後訴外藤下広吉と共に野洲町役場に赴き係員に口頭による不服を申述したところ、係員より不服あらば文書を提出するようにとの指示を受けたので、昭和二十七年十二月二十五日右藤下に託して被告町長宛「差押物件解除請求書」なる書面を提出したのに、被告は解除をなさず、引続き右物件の競売期日を通知して来たので、原告はもはや裁判所へ訴求する以外に途なしと考え急拠本訴の提起に及んだ這般の事情を認めることが出来る。而して右乙第三号証は、その形式、記載内容等よりして、地方税に係る滞納処分の場合に準用ありと解せらるる国税徴収法第十四条の差押物取戻請求の書面に過ぎないものと見られるのであるが、元来行政事件訴訟特例法が抗告訴訟提起について訴願前置を要件と定めたのは処分に対して訴願の出来る場合に、これに対して直ちに出訴出来るものとすると訴願と同時に訴を提起したような場合に不都合を来たすこともあるので、国民一般の便宜をも考慮して出訴前に先づ行政庁自体に処分を是正させる機会を与える為であつて、訴願前置のため徒らに国民の出訴の機会を奪う如き結果を生ぜしめることは訴願制度を認めた趣旨に添う所以ではない。而して原告が前記の如き事情の下に解除請求をなしたに拘らず、容れられなかつたところより直ちに本訴を提起したことは法規に通ぜざる一般人としてまことに無理からぬところであつて、この場合尚且つ訴願前置の点を厳格に解するのは原告のために酷に失するのみならず既に右解除の請求によつて一応当該行政官庁に再考の機会を与えていることでもあるから、原告が正規の異議手続を経由せずして直接本訴を提起したことに就ては前記特例法第二条但書にいわゆる「正当事由」ある場合に該ると見るのが相当である。従つて被告の本案前の抗弁は理由がない。
(二) よつて進んで本案について審究する。被告が訴外梅景繊維工業株式会社の別紙一覧表記載の税金の滞納処分として、別紙目録記載の物件の差押をしたことは当事者間に争いがない。原告は右差押物件はこれが差押以前たる昭和二十七年十月二十八日に訴外会社より原告が買受けたものであると主張するけれども、証人藤下広吉の証言により成立の真正を認められる甲第一号証及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、右売買がなされたという昭和二十七年十月二十八日当時、右訴外会社の代表取締役梅景三次は不在であつたので後日同人が帰宅した場合改めて同人の承認を得る含みの下に、同日これら物件について何等処分の権限のない訴外会社の監査役相良正治と原告との間にその譲渡契約がなされたに過ぎず、しかも梅景三次はその後遂に所在を明かにせず、自然前記承認もこれを得るに由ないまま現在に至つていることが認められるので原告の右買得の主張は到底採用し難いところである。証人相良正治、藤下広吉の各証言中右認定に反する部分は前記証拠に照して措信し難く他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
以上の次第であるから本件差押物件が原告の所有であるとして被告のなした差押処分の取消を求める本訴請求はこれを失当として棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 小石寿夫 松本保三 井野口勤)
(目録省略)